2009年02月01日

No.0251 『現在も存在している昔のチャーリイ』

   「ぼくはぼくじゃないっていう感じがしてならないんだ。 ぼくは彼の場所を奪い、彼らがぼくをパン屋から締めだしたように、彼を締めだしたんだ。 つまりぼくが言いたいのはね、チャーリイ・ゴードンは過去において存在していたし、その過去も現実なんだよ。 古い建物をこわさなくては、その跡に新しい建物を建てるわけにはいかない、だが昔のチャーリイは消してしまうことはできないんだ。 彼は現に存在する。 はじめぼくは彼を探し求めていた。 彼の・・・ぼくの・・・父に会いにいった。 ぼくがしたかったのは、チャーリイが過去において一人の人間として存在していたことを立証することだった。 そうすることによってぼく自身の存在を正当化しうると思った。 ニーマーがぼくを創造したと言ったとき、ぼくは屈辱を感じた。 だがチャーリイは、過去において存在していたばかりか、現在も存在しているということがわかったんだ。 ぼくの中に、ぼくのまわりに。 彼はいつでもぼくたちの間に割りこんでくる。 ぼくの知能があの障壁をこしらえたのかと思った・・・・・尊大な、ぼくの愚かしいプライド、ぼくはきみを超えたのだからわれわれが分かちあえるものは何もないという気持ち。 きみはそんな考えをぼくに吹きこんだんだ。 だがそうじゃない。 チャーリイのせいなんだ。 母親の仕打ちのせいで女性を怖がるようになった小さな子供のせいなんだ。 わからないか? この数カ月間ぼくは知的な成長をつづける一方で、感情の配線のほうは、子供のようなチャーリイのままだった。 そしてきみに近づくたびに、きみと愛しあおうと考えるたびに、それがショートしてしまった。 」
ダニエル・キイス 『アルジャーノンに花束を』 (小尾芙佐訳)





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