2009年01月22日

No.0231 『建設的な反論』

   反論するというのはきわめて建設的な行為だ。 人の意見に反論するということは、その意味の不足分を補い、より好ましいものにするということだ。 会議などで反論を遠慮していたら、外部から批判されるとすぐに壊れるような意見が同意を得てしまう。 もちろん、上司や味方に対しては反論しないほうが良い場合もあるだろう。 しかし、敵に対しては容赦ない反論が有効だ。 適切な反論をすれば、敵はもう一言も言えなくなることさえある。 それまでの長い発言や長い文章が、一言の反論で無意味になることさえある。
  反論の糸口を見つけられないときや、相手の主張のほうに説得力があるときは、反論にこだわらずに、イエスで応じるほうが良い。 だが、イエスで応じるにしても、反論を考えることは役に立つ。 反論を考えてみたからこそ、イエスの論を確信することができる。 いずれにしろ、まずは反論するつもりで考えること。 そのように批判的に考えてこそ、建設的な考えになる。
樋口裕一 『ホンモノの思考力』





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