2009年01月16日

No.0219 『仕事と収入の再配分』

   我々はこれまで一生懸命、単調な社会を延々と作ってきた。 例えば、かつては働かなくても食える状態に近づきたいという気持ちが共通の原動力となって、これだけ生活が便利らなった。 以前なら、十件で耕していた田んぼを今は一軒でやっている。 そうすると、九家族は遊んでいるわけです。 農村人口が減っていくのは当たり前で、合理化すれば、九家族は別なことをしなければいけない。 機械化等の合理化によって、一家族が働いただけで、かつてなら十家族が働いていただけの上がり、収穫が出てしまう。 今よりさらに肥料を良くして、機械を良くすれば、もっと収穫が上がるかもしれない。
  では、その遊んだ分は一体どうするのかということを本当に教えてきたか。 合理化、合理化という方向に進んできて、今もその動きは継続している。 が、それだけ仕事を合理化すれば、当然、人間が余ってくるようになる。
  この余ってきたやつは働かないでいいのか。 仮に、働かなくていいという答えを出すなら、今度は何をするかということの答えを用意しなければいけない。 退社後、毎日が日曜日で何もすることがない老人は、それに近い状態です。 しかし、彼を理想の境遇だという人は、最再なかなかいない。 そのへんのことをまったく考えないまま、いまだに合理化と言っている人の気が知れない。
  日本を始めとした先進国とは逆に、インドは、まったく合理化しないという方策をとっています。 極端にいえば、鉛筆を落としても落とした人は拾わない、別にそれを拾う階層がいる。 これは最近の言葉でいうところの 「ワークシェアリング」 が行われているということです。 実はカースト制というのは、完全なワークシェアリングです。 本来なら一人でやれるような仕事を細分化して、それぞれの階層に割り振っているのですから。
  もちろん、日本にそれを導入しようというのではありません。 しかし我々は、何をどうシェアすべきかを真面目に考えるべきです。 これは所得の再配分というふうに言い換えてもいいのですが、それだけではなくて仕事の配分をしなければいけない。
  「その人」でなくては出来ないことというのが、仕事によっては確かに存在している。 それに対してどれだけの人がサポートして、そこから上がってくる収入をどういうふうに分配するかというのが、これからの社会の公平性を保つ上で非常に大きな問題です。
養老孟司 『バカの壁』





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posted by Vigorous at 23:06 | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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