2009年01月01日

No.0189 『「知る」と「死ぬ」』

   自分で考えて出てきた結論は、 「知るということは根本的にはガンの告知だ」 ということでした。 学生には、 「君たちだってガンになることがある。 ガンになって、治療法がなくて、あと半年の命だよと言われることがある。 そうしたら、あそこで咲いている桜が違って見えるだろう」 と話してみます。 この話は非常に分かり易いようで、学生にも通じる。 そのくらいのイマジネーションは彼らだって持っている。
  その桜が違って見えた段階で、去年までどういう思いであの桜を見ていたか考えてみろ、というと、多分思い出せない。 では、桜が変わったのか。 そうではない。 それは自分が変わったということに過ぎない。 知るというのはそういうことなのです。
  知るということは、自分がガラッと変わることです。 したがって、世界がまったく変わってしまう。 見え方が変わってしまう。 それが昨日までとほとんど同じ世界でも。
養老孟司 『バカの壁』





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posted by Vigorous at 17:53| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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