2008年12月22日

No.0169 『絶対的真実と神』

   現代においては、自分たちが物を知らない、ということを疑う人がどんどんいなくなってしまった。 皆が漫然と 「自分たちは現実世界について大概のことを知っている」 または「知ろうと思えば知ることができるのだ」 と思ってしまっています。 だから、テレビで見たというだけで、2001年9月11日にニューヨークで何が起こったか、 「知っている」 「分かっている」 と思ってしまう。 実際にはテレビの画面を通して、飛行機が二棟の高層ビルに激突し、その結果ビルが崩壊していったシーンを見ていただけです。
  その後、ニュースではテロの背景についての解説も繰り返されましたが、テレビや新聞を通して一定の情報を得ただけの私たちには分かりようもないことが沢山あるはずです。 その場にいた人の感覚、恐怖だって、テレビ経由のそれとはまったく違う。 にもかかわらず、ニュースを見ただけで、あの日に起きた出来事について何事かが分かったような気でいる。
  そこに怖さがあるのです。 現実のディテールを 「分かる」 というのは、実際にはそう簡単ではありません。 だからこそ人間は、何か確かなものが欲しくなる。 そこで宗教を作り出してきたわけです。 キリスト教、ユダヤ教、イスラム教といった一神教は、現実というものは極めてあやふやである、という前提の下で成立したものだと私は思っています。
  つまり、本来、人間には分からない現実のディテールを完全に把握している存在が、世界中にひとりだけいる。 それが「神」である。 この前提があるからこそ、正しい答えも存在しているという前提ができる。 それゆえに、彼らは科学に対しても他の何の分野に対しても、正しい答えというものを徹底的に追求できるのです。 唯一絶対的な存在があってこそ 「正解」 は存在する、ということなのです。
  ところが私たち日本人の住むのは本来、八百万の神の世界です。 ここには、本質的に真実は何か、事実は何か、と追求する癖がない。 それは当然のことで、 「絶対的真実」 が存在していないのですから。 これは、一神教の世界と自然宗教の世界、すなわち欧米やイスラム社会と日本との、大きな違いです。
養老孟司 『バカの壁』





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posted by Vigorous at 18:56| 哲学・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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