2008年12月16日

No.0158 『一人称すら曖昧な日本人』

   日本人は二項対立で考えないから曖昧になる。 イエス・ノーも曖昧で、マルバツでは決められないのが人間社会だと考えている。 自分と他者も明確に区別しない。 話相手に対して、 「われ」 という一人称で呼んだり、子どもに対して 「ボク」 と呼びかけたりするのも、そうした傾向の現われだろう。
樋口裕一 『ホンモノの思考力』





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posted by Vigorous at 22:05| 社会学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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