2008年11月29日

No.0119 『一人称の幸せの限界』

   小さいときに、どんな仕事についたら幸せなのかをいろいろ考え、悩みました。 そんなとき、「一人称の幸せには限界がある」、ということに気づきました。 つまり、個人的な欲望を満たすだけの幸せは、タカが知れているなと思ったのです。 これはゲーテの『ファウスト』という作品を読んだのがきっかけです。 (中略) これを読んだときに、私は一人称の幸福、つまり個人だけの幸せには限界があると思ったのです。 これは、どんな人でもそうなのではないでしょうか。 たとえば世界的な大富豪になって、お城のような屋敷や自家用ジェット機を所有し、毎日飛びきりの高級ディナーを食べて、歳をとってからも孫ぐらいの若い奥さんをもらったとして、それで本当に満足感を得られるでしょうか。 もちろん、何が幸福なのかは人によって違うわけですから、それが一番の幸福だと思う人もいるでしょう。 でも私は、仮に自分がそうなったと想像してみても、たぶん心の底からは満たされない気がしたのです。
  ならば、どういうことなら自分は満たされるのか。 そう考え抜いて、自分でこれなら幸せだと思えたのが、「人の役に立って、喜んでもらえること」でした。
小澤竹俊 『いのちはなぜ大切なのか』





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posted by Vigorous at 18:41| 幸福論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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