2008年11月27日

No.0113 『死の教育』

   「死はこわいもの、死んだらよみがえらない、だからいのちは大切」 という教え方が正しいとすれば、その授業を神経難病を患う、あるいは先天性の重い病気があって長く生きることが難しい子どもにできるのでしょうか。 あるいは生徒自身が健康でも、同居しているおばあちゃんが間もなく死にそうである。 あるいはお父さんかお母さんが癌で、毎日苦しんでいる。 そういう家族を持つ子どもが、その授業を受けたらどう思うでしょう。 とても暴力的で、その子の苦しみを大きくするような、もっと言えば傷口に塩をすりこむようなことにはならないでしょうか。 (中略) 死とは多くの人にとって、たしかにこわいものです。 だからといって、「死がこわいのが正しい」という教育がいいとは決して思いません。 その理由は、もうおわかり頂けると思います。 死の恐怖によって心が不安定になる人がいる。 安定を取り戻すためには、死の恐怖を乗り越えなければならないのです。 病気を抱えながら、生きていかなければならない青年もいるかもしれない。 いまは健康でも、将来死の病に冒される青年もいるかもしれない。 そう考えたときに 「死はこわいと思うことが正しい」 という教育はきわめて乱暴だと思います。
小澤竹俊 『いのちはなぜ大切なのか』





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posted by Vigorous at 21:44| 教育、心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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