2008年11月13日

No.0075 『信じたくなかったバブルの崩壊』

   予想通りのことが起きたにもかかわらず、というよりむしろ、予想通りのことが完全に実現したがゆえにますます驚く、ということがある。 (中略) 例の一つとして、信用バブルの崩壊がある。バブルがどんどん膨らんでいる最中にあって、すでに人々は、それがいずれ破裂せざるを得ないことを知っている。たとえばサブプライムローンは、低所得者向けのローンなのだから、いずれ返済が滞り、それに関連した証券の価値が一挙に下落することは素人でもわかっていた。そして予想通りバブルがはじけるのだが、人々はそれにショックを受け狼狽する。
 どうして知っていることが起きているのに人は驚くのだろうか? 人間の精神に分裂がはらまれていると考えるほかない。どんな分裂か? 信じていることと知っていることの間の分裂である。
 一般に信じることと知ることは、似たタイプの精神のあり方であると考えられている。しかし、知っていることに驚くという現象が教えることは、両者は、時にまったく背反し、対立することがあるということである。「私は、それを知っているが、しかし、それを信じてはいない」というわけである。人間の欲望や感情は、この分裂の中で宿る。(中略) 重要なことは信と知の間に捻れがあったとき、世界は差し当たって信のほうに従って分節化され、構造化されるということである。信用バブルの場合も同じである。誰かがその価値を信じていると想定することができれば、現実の誰もがそれが実体経済とかけ離れた「バブル」だと知っていても、株の価格はいくらでも上がる。
 だが、最終的には信と知の間の捻れは、知のほうへと回収される形式で解消せざるをえない。信を、知と逆立した形で維持し続けることはできない。知に抗する信を所有する「他者」の存在を保つことができなくなるからだ。したがってバブルも破裂せざるをえない。
大澤真幸 『信じたくなかったバブルの崩壊』 (週刊東洋経済 2008.11.8号)





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posted by Vigorous at 22:43| 論理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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